暗黒の儀式 The Lurker at the Thereshold | |
---|---|
作者 | オーガスト・ダーレス(ハワード・フィリップス・ラヴクラフトとの死後合作) |
国 | アメリカ合衆国 |
言語 | 英語 |
ジャンル | ホラー、クトゥルフ神話 |
初出情報 | |
初出 | アーカムハウス『暗黒の儀式』 |
ウィキポータル 文学 ポータル 書物 |
『暗黒の儀式』(あんこくのぎしき、原題:英: The Lurker at the Thereshold)は、アメリカ合衆国のホラー小説家オーガスト・ダーレスによる長編小説。
ハワード・フィリップス・ラヴクラフト(以下HPLとも)の断章『ニューイングランドにて異形の悪魔のなせし邪悪なる妖術につきて』をダーレスが書き上げたものであり、両者の合作として発表された。
クトゥルフ神話作品であり、ダーレス神話作品の1つ。ダーレスが設立したアーカムハウスから1945年に単行本で刊行された。邦題は意訳であり、原題『The Lurker at the Thereshold』は、「戸口に潜むもの」ヨグ=ソトースを指す。
ダーレスが、HPL&ダーレス合作の名義で発表した作品の第1号。これらの作品群は、名義とは裏腹にほとんどダーレスが創作したものであるが、『暗黒の儀式』に関してはHPLの未発表草稿がまるごと組みこまれており、看板に偽りない。尤も内容はダーレス神話であり、HPLオリジナルとは異なっている。
作中時は1923-1924年、舞台はダニッチの近郊。HPLの妖術師とヨグ=ソトースの系譜を、ダーレスが継承した作品。視点人物を変えて3章で構成されている。青心社文庫(クト6)で240ページほどあり、ダーレスのクトゥルフ神話では、5部作『永劫の探究』に次ぐボリュームがある。リチャード時代の怪事件を牧師が著書で解説した部分が、HPLのオリジナル草稿部分である。
ダーレスが創造して多用した旧神の印が本作にも登場する。このアイテムは諸作品で設定が変遷するが、本作にて登場した五芒星形の石の表面に描かれた「<炎>」マークという描写が、以降の作品では標準設定となる。旧神の印が本作のキーアイテムとなることは、HPLの草稿時点から決まっており、ダーレスによるアレンジではない。また事件後には、ビリントン屋敷の資料や蔵書が回収され、ミスカトニック大学付属図書館に収蔵された。
邪神オサダゴワアの初出となった作品である。HPLの草稿に既に書かれており、オサダゴワアを創造したのはHPLである。オサダゴワアは、ツァトゥグァの息子であるが、作中で本当にそうなのかは怪しいものとなっている。これは、最初はオサダゴワアの話のように描かれているが、最終的にはヨグ=ソトースの話になるからである。ツァトゥグァを作ったのはスミスだが、オサダゴワアを作ったのはHPLで、オサダゴワアを作品に出して発表したのはダーレスである。
E. F. Bleilerは、HPLのパスティーシュとして最高の小説と評価しつつ、ニューイングランドの情景に説得力がなく、HPL的な技法は成功していないと述べている[1]。Baird Searlesは好意的に評価しており、ダーレスはHPLが避けたモダンな言及をしているにもかかわらず雰囲気が素晴らしいほどに邪悪と述べている[2]。S・T・ヨシは、導入はよいがすぐ劣化して、旧支配者と旧神の単純な善悪闘争になると述べている[3]。
東雅夫は『クトゥルー神話事典』にて「全神話作品中でも屈指の大作。ラヴクラフトの一連の長編のような完成度や構想の妙には乏しく、やや冗長の感はまぬかれないものの、随所にダーレス神話の詳細が呈示されている点、やはり必読の作品といえる。ちなみに本編は1923年から翌年にかけての出来事と設定されているが、ラヴクラフトの『ダニッチの怪』は1928年の出来事。ふたつの<ヨグ=ソトース>物語」を読み較べてみると興味深い発見があるにちがいない」と解説している[4]。
また、東雅夫は同書にて、本作品がスペインやドイツにもいち早く翻訳紹介されて好評を博したようであると解説し、また本作品を皮切りに幾つかある合作を「アーカムハウスの目玉商品」と表現している[5]。また「ヨーロッパでは、『暗黒の儀式』がラヴクラフトの代表作の一つとして受容されたという史的経緯がある」とも解説されている[6]。
山本弘は『クトゥルフ・ハンドブック』にて本作を「ダーレスによるミステリ調の力作長編」と評した[7]。
那智史郎は、HPL&ダーレス作品の中で本作と『生きながらえるもの(爬虫類館の相続人)』の2作を最も出来が良いと評価している[8]。
敵が不可解で話も混乱していることについて、リン・カーター、ロバート・M・プライス、森瀬繚などが指摘しており[9]、彼らにより続編が書かれている。
ロバート・M・プライスの『The Round Tower』(未訳)という作品は、『暗黒の儀式』の第3章だけを書き直したものである。ダーレスの『暗黒の儀式』は、ストーリーがオサダゴワアで始まったのにヨグ=ソトースになってしまったが、プライス版ではオサダゴワアで一貫している。ラファム博士とウィンフィールドは登場せず、2章で登場したアーミティッジ・ハーパー博士が主人公になる。
この節の加筆が望まれています。 |
1982年のハードカバー版は、クトゥルフ神話の日本語版翻訳にて、魔道書『妖蛆の秘密』に「ようしゅのひみつ」という読み方をつけた元祖である。[10]
リチャード・ビリントンが、森の石塔で邪悪な妖術儀式を行い、やがて姿を消す。師のミスクアマカスは、リチャードは召喚した魔物オサダゴワアに食われ、自分は尻ぬぐいに魔物を塔に封印したと証言する。
時は流れて1787年、ある女性が子供を産むが、異形の子であった。姿を消したリチャードに似ていたと噂され、最終的には子供は焚刑に処される。これらの出来事は、アーカムのフィリップス牧師が文献「ニューイングランドにて異形の悪魔のなせし邪悪なる妖術につきて」に記録する。
リチャードの魂は舞い戻り、子孫のアリヤ・ビリントンに憑依する。1807年ごろ、塔と環状列石の近くの丘から怪音がするという噂が立ち、フィリップス師とドゥルーヴェンがアリヤに抗議を始め、森の調査を要求する。当初はアリヤは嫌だとつっぱねていたが、ついに根負けして許可を出す。2人はビリントン邸を訪れるも、牧師は訪問の記憶を失い、ドゥルーヴェンは帰路に消息を絶つ。半年後、ドゥルーヴェンがインスマスで変死体で発見されるが、この出来事は、アリヤとクアミスとビショップがイタカを召喚して起こした連続失踪怪死事件の一環である。
だがアリヤは、自らを操るリチャードの存在に気づき、五芒星形の石で塔を封印してイギリスに渡る。屋敷は封鎖され、クアミスの消息もわからなくなる。それからというもの、怪音の報告はなくなる。
アリヤのことは忘れ去られるものの、ビリントンの森は忌まれた場所となる。やがてアリヤはイギリスで没するものの、マサチューセッツの地所を相続するにあたっての遺言を残す。
1921年、アリヤの子孫であるアンブローズ・デュワートが、ビリントン屋敷を相続して移り住む。アリヤが遺言した厳命は、アンブローズにとっては奇妙なだけで何の効力もなさず、逆に興味を惹かれたアンブローズは地所を歩き回り、塔と環状列石を発見する。アンブローズは先祖の歴史に興味を抱き、屋敷に残されていた文書や古新聞を調べ始める。
アンブローズはまず少年ラバンの日記帳で概要をつかんだ後に、アリヤが2人の人物――フィリップス牧師&ドゥルーヴェンと諍いを起こしていたことを知る。ビリントンの森と石塔に関連づいた妖術の噂になっていたことまでは把握できたものの、細部は曖昧でわからなかった。そしてアンブローズは、リチャード時代のミスクアマカスと、アリヤ時代のクアミスの名前が似ていることに気づき、インディアンが情報を持っているかもしれないと思い至る。
アンブローズが調査のためにダニッチを訪れたところ、彼の容貌はまるでアリヤの再来と注目を浴びる。知り合ったビショップ夫人は、祖父ジョナサンの手紙をアンブローズに提供する。アンブローズは、アリヤの時代と、さらに過去のリチャードの時代に、よく似た失踪怪死事件が頻発していたことや、ドゥルーヴェンやジョナサンも犠牲者になっていたことを知る。
やがてアンブローズは悪夢を見る。夢の中でアンブローズは、一世紀前の塔にいて、召喚した魔物にダニッチの住人を生贄を捧げていた。目覚めた後、アンブローズは本当に夢だったのかを疑い、また誰かに監視されているような、まるで自分の中に2人の人間がいるような感覚を覚えて困惑する。さらに、ダニッチで再び失踪事件が起こった報道が伝わったことで、ショックを受けたアンブローズはボストンの住む従弟のスティーブンに緊急で来てほしいと手紙を書く。さらにアンブローズ自身の内からは、手紙を出すなという意識が沸き上がってくるも、強い意志で跳ねのけて、手紙を投函する。
スティーブンは手紙を受け取り、屋敷へと赴くが、出迎えたアンブローズに不機嫌な態度で応じられる。宿泊したスティーブンは、アンブローズが「いあ」「しゅぶ・にぐらす」「ないああらとてっぷ」など意味不明の詠唱を叫びながら夢うつつに歩く姿に遭遇し、落ち着かせる。ベッドに戻されたアンブローズはなおも「ヨグ=ソトース」「るるいえ」などの寝言をつぶやいていた。スティーブンは、従兄が精神分裂症を患っているのではないかと疑う。スティーブンもまた資料を調べ、リチャードやアリヤが妖術に関与していたことを知る。さらにスティーブンも幻を見るようになる。2人は屋敷を離れて冬をボストンで過ごすが、春になるとアンブローズは強引に屋敷に戻る。
ビショップ夫人の説明を聞いたスティーブンは、ビリントン家の先祖が異次元の魔物と接触していたことや、石塔が召喚器として利用されていたこと、アンブローズの精神が異界の存在に浸食されつつあることを知り、青ざめる。そしてついにスティーブンは、アンブローズが夜の石塔で魔物を召喚する姿を目撃し、彼を「御主人さま」と呼ぶ人物との会話を聞く。翌朝アンブローズは、インディアンの男を手伝いに雇ったことをスティーブンに説明し、クアミスという名を聞いたスティーブンは慄然とする。
アンブローズとクアミスは、真意を伏せて、スティーブンに塔から五芒星形の石を取り外させる。
1924年4月7日、スティーブンがラファム博士のもとを訪れる。ウィンフィールドはスティーブンを精神病患者だと判定するが、ラファム博士はウィンフィールドに、旧支配者の存在について解説し、ビリントンの森の謎を分解していく。だがアンブローズはヨグ=ソトースを召喚し、スティーブンにけしかけて殺す。スティーブン失踪の報と、ダイイングメッセージの手紙がラファム博士のもとに届く。
ラファム博士とウィンフィールドは、ビリントンの森へと赴き、スティーブンが埋めたと言っていた石を掘り出す。そのまま待ち伏せし、やって来たアンブローズとクアミスが暗黒の儀式を始めたところに奇襲をかける。ラファム博士は2人を拳銃で射殺し、続いて石を塔に戻してセメントで固め、封印を施したまま塔を倒して埋める。さらに屋敷の窓を完全に破壊し、屋敷内の文書は全て回収して図書館に持ち帰る。アンブローズは死によって解放され、とうに死んでいたクアミスもただの残骸に戻り、事件は終結する。だがウィンフィールドの記憶には、塔を破壊するときに目撃したヨグ=ソトースの姿が焼き付いた。
この節の加筆が望まれています。 |
「 | 島の廻りを流れる水を止めることなかれ、塔をいかようにも乱すことなかれ、石に懇願することなかれ。怪しの時と所に通じる扉を開けることなかれ、戸口に潜みしものを招くことなかれ、丘に呼びかけることなかれ。蛙なかんずく塔と館の間なる沼地におりし食用蛙を悩ますことなかれ、蛍を悩ますことなかれ、夜鷹として知らるる鳥を悩ますことなかれ、彼のもの鍵と監視を放棄することなきようにせんがためなり。神変する窓に触れることなかれ、窓をいかようにも改変することなかれ。塔および島をいささかなりとも乱さず、また破壊する以外窓に如何なる手を加えぬことを証する条項を入れることなく、地所を売却あるいは処分することなかれ。 | 」 |
— (クト6『暗黒の儀式』第一章「ビリントンの森」、143頁より) |
【凡例】