だん れい 檀 れい | |||||||||||||||
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本名 |
山崎 まゆみ(やまざき まゆみ) 及川 まゆみ(おいかわ まゆみ、婚姻時)[1] | ||||||||||||||
生年月日 | 1971年8月4日(53歳) | ||||||||||||||
出生地 | 日本 兵庫県 | ||||||||||||||
身長 | 162 cm | ||||||||||||||
血液型 | A型 | ||||||||||||||
職業 | 女優 | ||||||||||||||
ジャンル | 宝塚歌劇、舞台、テレビドラマ、映画、CM | ||||||||||||||
活動期間 | 1992年 - | ||||||||||||||
活動内容 |
1992年:宝塚歌劇団入団 1993年:月組に配属 1997年:雪組に異動 1999年:月組トップ娘役就任 2001年:専科に異動 2003年:星組トップ娘役就任 2005年:宝塚歌劇団退団、芸能活動開始、松竹エンタテインメントから太田プロダクションに移籍 | ||||||||||||||
配偶者 | 及川光博(2011年 - 2018年) | ||||||||||||||
事務所 | 太田プロダクション | ||||||||||||||
公式サイト | 太田・檀れいプロフィール | ||||||||||||||
主な作品 | |||||||||||||||
宝塚歌劇 2000年『ゼンダ城の虜』 2002年『風と共に去りぬ』 2003年『王家に捧ぐ歌』 2004年『花舞う長安 -玄宗と楊貴妃-』 ドラマ 2007年『陽炎の辻〜居眠り磐音 江戸双紙〜』 2010年『八日目の蝉』 2011年『美しい隣人』 2015年『マザー・ゲーム〜彼女たちの階級〜』 2016年『ヒガンバナ〜警視庁捜査七課〜』 映画 2006年『武士の一分』 2008年『母べえ』 舞台 2008年『細雪』 | |||||||||||||||
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備考 | |||||||||||||||
宝塚歌劇団卒業生 |
檀 れい(だん れい、1971年8月4日[2][3] - )は、日本の女優。元宝塚歌劇団月組・星組トップ娘役。 本名は山崎 まゆみ(やまざき まゆみ)[1]。愛称は「だん[4]」(宝塚歌劇団時代)、「タン・リー[5]」(中国公演時)。
太田プロダクション所属。元夫は歌手・俳優の及川光博[6][7]。
兵庫県美方郡温泉町(現在の新温泉町)に生まれる。幼稚園時代に学芸会で褒められたことがきっかけで、高校時代にファッション雑誌の読者モデルを経験するなど、人前に立つ仕事に興味を持つようになる。温泉町立温泉中学校、兵庫県立浜坂高等学校を卒業。
1990年、宝塚音楽学校入学。1992年、第78期生として宝塚歌劇団入団。入団時の成績は40番(最下位)。雪組『この恋は雲の涯まで』で初舞台を踏む。
芸名は自身の本名である「まゆみ」と同音の樹木・檀(マユミ)に由来し、「マユミは良くしなるので、マユミのように何でも柔軟な姿勢でどんな役でもこなせるように」と言う意味が込められている。これに中性的な名前の「れい」を付けた[8]。なお、第一希望は真魚渚、第二希望は紫月るなであったが、どちらも他の生徒と苗字が重なったため、諦めた[9]。
1993年に月組に配属後、1997年に雪組に異動。それまで大きな役が付くことはなかったが、1998年『浅茅が宿』新人公演最後となる入団7年目で初めてヒロインに抜擢され、翌年より真琴つばさの相手役として月組トップ娘役に就任。2度の中国公演に参加し「楊貴妃の再来」[10]という最大の賛辞が送られた。北京語でのソロも披露した。
2001年の真琴退団後は専科へ異動となり、外部出演等を経て、2003年には湖月わたるの相手役として、星組トップ娘役に就任。『王家に捧ぐ歌』のアムネリス、『花舞う長安』の楊貴妃などが当たり役となった。2005年、『長崎しぐれ坂』をもって退団した。
退団後は女優として新たなキャリアをスタート。2006年12月に映画『武士の一分』で銀幕デビューを果たす。日本アカデミー賞優秀主演女優賞をはじめ、数々の映画賞を受賞。
2009年6月9日より舞台『ゼブラ』に4姉妹の次女役として出演予定だったが、鉄欠乏性貧血のため降板することとなった[11]。
2010年3月30日より、NHKで放送された『八日目の蝉』で、ドラマ初主演を務めた[12]。
2011年7月27日、歌手・俳優の及川光博と結婚したことを発表したが[6]、2018年11月28日に離婚[7]。2人の間に子供はいない。
2012年、遊佐未森のアルバム『淡雪』に参加[13]。宝塚歌劇団退団後初めてのCDアルバム参加となった。
2015年2月26日、農林水産省の「日本食普及の特別親善大使」に任命される[14]。
1998年
2002年
2007年
2008年
2009年
2011年
2012円
2014年