ドイツ連邦海軍における海軍航空隊(かいぐんこうくうたい、ドイツ語:Marineflieger)について記述する。2010時点においては2個海軍航空団が艦隊司令部の隷下にある。
第二次世界大戦中のナチス・ドイツ海軍は、当時のナチス・ドイツ空軍総司令官兼ナチス党幹部であったヘルマン・ゲーリングの政治的圧力によって独自の航空隊を保有できず、しばしば航空機の支援なしで作戦行動を取らなければならなかった。この教訓を生かし、1956年に再軍備で連邦海軍が創設され航空機部隊を保有することになる。海軍航空隊司令部は、艦隊航空隊と海軍航空師団を傘下に治める艦隊における最大級のタイプコマンドであった。その規模は5個航空団を基幹に編成され、約200機の固定翼機と回転翼機を保有していた。特に戦闘攻撃機についてはワルシャワ条約機構軍による着上陸作戦計画に対抗するため、最大で121機が整備されホーカー シーホーク・ロッキード F-104G・トーネード IDSを運用していた。戦闘攻撃機はシュレースヴィヒ=ホルシュタイン州エッゲベクの第2海軍航空団(現在は連邦空軍の第51偵察航空団)に割り当てられた。
ドイツ民主共和国(東ドイツ)人民海軍にも海軍航空隊は存在していた。第18海軍ヘリコプター航空団(MHG 18)がシュトラールズント付近のパロフに所在していた。固定翼機については1988年まで海軍には所属していなかった。1988年にロストック付近のラーゲで新編された第28海軍航空団(MFG 28)がそれに該当する。航空団は1985年8月に編成されて以来航空軍及び防空軍に所属し人民海軍が運用を担当していたが、1990年春の短期間だけ人民海軍に引き渡された。これに合わせて空軍の制服から海軍の制服に変更されている。
1990年のドイツ再統一以来、海軍航空隊の航空機は削減される。2005年までにすべての戦闘攻撃機はドイツ連邦空軍に移管された。これにより残存した海軍航空団は2個となる。第3海軍航空団は哨戒機や環境汚染監視および艦載ヘリコプターを運用し、第5海軍航空団は捜索救難任務用ヘリコプターを運用している。現在の海軍航空隊の任務は以下のようになっている。