せたかまち 瀬高町 | |||||
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廃止日 | 2007年1月29日 | ||||
廃止理由 |
新設合併 瀬高町、山川町、高田町 → みやま市 | ||||
現在の自治体 | みやま市 | ||||
廃止時点のデータ | |||||
国 |
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地方 | 九州地方 | ||||
都道府県 | 福岡県 | ||||
郡 | 山門郡 | ||||
市町村コード | 40561-2 | ||||
面積 | 37.73 km2 | ||||
総人口 |
23,762人 (国勢調査、2005年) | ||||
隣接自治体 | 柳川市、筑後市、八女市、高田町、山川町、八女郡立花町 | ||||
町の木 | クス・モクセイ | ||||
町の花 | アヤメ・サザンカ | ||||
瀬高町役場 | |||||
所在地 |
〒835-8601 福岡県山門郡瀬高町大字小川5番地 | ||||
外部リンク | 瀬高町 - ウェイバックマシン(2006年1月14日アーカイブ分) | ||||
座標 | 北緯33度09分09秒 東経130度28分29秒 / 北緯33.15244度 東経130.47472度座標: 北緯33度09分09秒 東経130度28分29秒 / 北緯33.15244度 東経130.47472度 | ||||
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ウィキプロジェクト |
瀬高町(せたかまち)は、かつて福岡県の南部、山門郡にあった町。福岡市より南に約50 km、博多駅からは鹿児島本線特急にて40分ほどの距離である。2007年1月29日に同郡の山川町および三池郡高田町との合併により消滅し、みやま市となった。なお、旧町役場が、そのままみやま市の市役所本庁となっている。
3町は当初、2005年3月22日を合併期日とし、新市名を「みやま市」(合併後の人口は約4万5000人)として、2004年6月27日に合併協定書に調印したが、高田町議会が合併関連議案を2度にわたって否決し、合併協議会は同年9月30日に一旦解散した。しかしその後、住民のリコールを受けて行われた高田町議会議員選挙で合併推進派が反対派を上回ったことから、2005年10月1日に再び合併協議会が設置された。そして2006年3月11日に合併協定書に調印し、各町議会と福岡県議会の議決を経て、同年7月13日に総務大臣が官報に告示した。
福岡市の南約55 km、福岡県の南部に位置する。筑後市、柳川市との境を矢部川が流れ、町域の多くは筑紫平野に含まれる平地であるが、町の東部を南北に貫く九州自動車道の東側の地域は山地となっている。
町東部の女山(昔は女王山と呼んだ)周辺に数多くの遺跡や古墳群がある。
中世は蒲池氏の領地で、山下城に拠る蒲池氏分家の蒲池親広(上蒲池)の所領。
現在も瀬高に伝わる幸若舞は、柳川城主の蒲池鎮漣や、従兄弟の山下城主の蒲池鎮運が、幸若舞の舞手を京都から呼び、家臣に習わせたため残ったとされる。
江戸時代は柳河藩領であり、年貢を貯蔵する蔵が置かれた。また、瀬高御茶屋も建設された。
ナス、セルリ、漬物、清酒、きじ車、いちご、マーガリン、植木鉢、蒲池焼
ナス、米、セルリ、小麦、みかん(昇順)
きじ車(玩具)、八女手漉和紙、八女矢(いずれも県知事指定)
幸若舞発祥の地である福井県朝日町(現越前町)と継承の地である瀬高町は姉妹都市提携を結んでおり、小学生同士の交流などが行われている。