無音の h・有音の h(むおんのアッシュ・ゆうおんのアッシュ)は、フランス語において単語の先頭に h 字が来る場合の区分で、前後の音に対するふるまいの違いから2種類に分類されるものである。
数世紀前までは、「無音の h」は無音(黙字)である一方「有音の h」は /h/ 音で発音されるものであったが、その後、音韻の変化があり、フランス語は /h/ を失った。現代フランス語では、「有音の h」は「無音の h 」同様それ自身は“無音”となり、ただ前後の音に対するふるまいの違いだけが残ることとなった。
こうした経緯からこれらの名称は、フランス語の初学者にとってはややわかりにくいものとなってしまっている。
この発音しないhはフランス語の造語法でもよく使われる。同形語(特にuとvが混用された時代において)を区別するために語頭にが追加される場合や、16世紀のトレマ導入以前に語中で母音字の連続を分断させ、誤読を防止する役目を果たす場合がある(cahier 「ノート」 、trahir 「裏切る」など。 h がない場合、 a と i が隣り合わせて ai「エ」と発音されるため)[1]。
一般的な仏和辞典などでは、「有音の h」をもつ単語には頭に † を付して目印としている(例: †hache、†haricot など。詳細は英語版及びフランス語版へのリンクを参照のこと)。
語頭の h の多くは「無音の h」(h muet; アッシュ・ミュエ)である。「無音の h 」は、発音上全く無視され、「無音の h 」で始まる単語は母音で始まるのと同じ扱いになる。すなわち、直前の子音と直後の母音との間でリエゾンやエリジオンが発生する。
語頭の h のうち比較的少数のものを「有音の h」(h aspiré; アッシュ・アスピレ)と呼ぶ。「有音の h 」はそれ自身は発音されないにもかかわらず、あたかもそこに子音があるようにふるまう。すなわち、直前の子音と直後の母音との間のリエゾンやエリジオンは阻害される。
「有音の h」はゲルマン語(古フランク語等)からの借入語に多く、借入当時は発音されていたものである。フランス革命の頃までその発音が残っていたとされる。また、近代以降に入った外来語の多くは「有音の h 」である。一方、ラテン語語源の言葉にも「有音の h」がある[1]。
なお、カナダ・ケベック州周辺のフランス語では「有音の h」が発音されることがある[要出典]が、これは英語の影響を受けて二次的に発生した特徴である。
また、[x](無声軟口蓋摩擦音)はフランス語本来の音素にないが外来語の音として取り入れられており、中国語など原音が [x] の場合「h」を [x] で発音することがある。
ラテン語の "h" は、俗ラテン語時代に入るとほとんど発音されなくなっていたことが知られている。この結果として、現在のロマンス諸語の中でラテン語由来の h 音を保存している言語は全く存在せず、多くの言語では /h/ 音自体が存在しない。
フランス語の発達もこの経緯にもれないながら、一時期は外来語などのために /h/ 音も設けられたのだが、結局それも再度失われてしまい、/h/ のない現代フランス語に至っている、ということになる。
ちなみにスペイン語の発達過程においては、語頭に f をもつ単語の一部において、 f > h > 無音 のような子音弱化が生じたことが知られている[注釈 1]。すなわち、当初 /h/ の存在しなかったところに語頭専用音として /h/ を得、その後再度失っている。