抽象代数学における環の局所化(きょくしょか、英: localization)あるいは分数環(ring of fraction)、商環(ring of quotient)[注 1] は、環に乗法逆元を機械的に添加する方法である。すなわち、環 R とその部分集合 S が与えられたとき、環 R' と R から R' への環準同型を構成して、S の準同型像が R' における単元(可逆元)のみからなるようにする。さらに、R' が「可能な限りで最良な」あるいは「最も一般な」ものとなるようにするということを考える(こういった状況はふつうは普遍性によって表されるべきものである)。環 R の部分集合 S による局所化は S−1R で表され、あるいは S が素イデアル の補集合であるときには で表される。S−1R のことを RS と表すこともあるが、通常混乱の恐れはない。
「局所化」の名の起源は代数幾何学にある。R はある幾何学的対象(代数多様体)の上で定義された函数環とする。この多様体を点 p の近傍で「局所的に」調べようとするならば、p の近傍で 0 でないような函数全体の成す集合 S を考えることになる。その意味で、R を S に関して局所化して得られる環 S−1R は p の近傍における V の挙動についての情報のみをふくんでいる(局所環も参照)。
数論および代数的位相幾何学において、数 n「における」環や空間とか、n から「遠い」などという言及をすることがある。「n から遠い」("away from n") の意味は、「その環の中で n が可逆」(従って、Z[1/n]-代数になる)ということである。例えば、体については「素数 p から遠い」と言えば「その体の標数は p と異なる」という意味になる。Z[1/2] は「2 から遠い」が F2 や Z はそうではない。
単元の積はふたたび単元であり、環準同型は積を保つことから、局所化に用いる S は R の乗法モノイドの部分モノイドであることが求められる。すなわち、S は 1 を含み、s, t が S の元ならば st もやはり S に含まれる。環 R のこのような性質を持つ部分集合を乗法的集合(乗法系)あるいは積閉集合(乗法的閉集合)と呼ぶ。
環 R が整域である場合には、局所化は容易に構成することができる。0 が単元となるような環は自明な環{0} のみであるから、S に 0 が含まれるときには、局所化 S−1R は必ず {0} となる。それ以外の場合には、R の商体K を利用することができる。すなわち、S−1R として、商体 K の部分環であって、R の元 r と S の元 s によって r/s の形に表される元全体になっているものをとればよい。この場合、自然写像 R → S−1R は標準的な埋め込みであり、特に単射になる(一般の場合にはこれは保証されない)。例えば、二進分数(英語版) の全体は、整数環 Z の2 冪全体の成す積閉集合に関する局所化である。この場合 S−1R が二進小数の全体で R が整数全体、S は 2 冪の全体であって、R から S−1R への自然写像は単射である。
一般の可換環に対しては商体は存在しないのだけれども、それでも S の元を分母に持つような「分数」からなる局所化を構成することは可能である。整域の場合とは対照的に、分子と分母を安全に「約分」できるのは、S の元の寄与の分だけである。
環準同型 j : R → S−1R は S の各元を S−1R の単元に写し、かつ f: R → T を別の環準同型で S の各元を T の単元に写すものとすれば、環準同型 g: S−1R → T で f = g ∘ j を満たすものがただ一つ存在する。
この普遍性を圏論の言葉で書けば次のようになる。環 R とその部分集合 S をとり、R 上の多元環 A で標準準同型 R → A のもと S の各元が A の単元となるようなもの全体の成す集合を考える。この集合の元を対象とし、R-線型写像を射として圏が定まり、この圏の始対象を R の S における局所化と呼ぶ。
R = Z で p は素数とする。素イデアル (p) の補集合 S = Z − (p) による局所化 S−1R は (p) における整数環の局所化 Z(p) = {m/n ∈ Q | m, n ∈ Z, n ∉ (p)} である[2][3]。
可換環 R が与えられたとき、R の非零因子(すなわち、R の元 a であって、a を掛けるという操作が R 上の単射自己準同型となるようなもの)全体の成す集合 S は積閉集合である。このときの環 S−1R は R の全商環と呼ばれ、しばしば Q(R) や K(R) などで表される。この S は R から S−1R への標準準同型が単射となるような積閉集合として最大のものである。さらに R が整域ならば、これは R の商体に他ならない。
集合 S は与えられた元 r の冪全体からなるとする。このときの局所化は、函数 r が零でないようなザリスキー開集合 Ur ⊂ Spec(R)(このような形の集合は「主ザリスキー開集合」と呼ばれる)への制限に対応する。例えば R = K[X] が多項式環で r = X とすれば、局所化によってローラン多項式環 K[X, X−1] が得られる。この場合、局所化は埋め込み U ⊂ A1 に対応する。ただし A1 はアフィン直線であり、U は 0 の補集合であるようなザリスキー開集合である。
集合 S を R の与えられた素イデアル の補集合とすると、 が素イデアルであることから S は積閉集合となる。この場合、「素イデアル による局所化」と呼ぶのが普通である。局所化に対応するのは、素イデアル によって定まる既約ザリスキー閉集合 の Spec(R) における補集合 U への制限である。