しょう まゆみ 荘 真由美 | |
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プロフィール | |
本名 | 難波 真由美(なんば まゆみ)[1](旧姓:荘[2]) |
性別 | 女性 |
出身地 | 日本・東京都東京都練馬区大泉学園町[3] |
生年月日 | 1965年2月5日(59歳) |
血液型 | O型[4] |
職業 | 実業家 |
事務所 | ケッケコーポレーション取締役 |
配偶者 | 難波圭一(声優) |
公称サイズ(時期不明)[1] | |
身長 / 体重 | 156[5] cm / 43 kg |
活動 | |
活動期間 | 1984年 - 2007年[要出典] |
デビュー作 | ミミー(『コアラボーイコッキィ』)[要出典] |
荘 真由美(しょう まゆみ、 1965年2月5日[3] - )は、日本の女性実業家、元声優。東京都練馬区大泉学園町出身[3]。ケッケコーポレーション取締役。夫は声優の難波圭一。
練馬区立大泉第三小学校、練馬区立大泉学園中学校卒業[3]。大妻女子大学中野女子高等学校(現:大妻中野高等学校)在学中の高校2年生の時に授業中にアニメ雑誌が回覧されており、読んだところ勝田久の声優教室の記事を見つけて業界に興味を持つ[3]。それまで、声優について何の知識もなく、「声優になりたい」と思ったこともなかったという[3]。早速、帰宅し、「声優になりたいので、来春から高校と併行させて声優教室に通いたい」と願い出ていた[3]。両親は大変に驚かれていた[3]。大学に進学させたいと思ったことから、大妻女子大学の付属高校へ進学させたが、何を好きこのんで大学進学を断念し、「声優などというわけのわからぬ職業に……」と大いに嘆かれていたという[3]。そこを誠意を持ち、涙とともに頼みこみ、親の承諾を得た[3]。声優教室に入り、1年修業し、高校卒業後、青二塾[3]東京校に2期生として入学。同塾卒業後、青二プロダクションのジュニアクラスとなり、その時にテレビアニメ『コアラボーイコッキィ』(ミミー役)でレギュラーとして抜擢[3]。
難波圭一との結婚後も活動を続けていたが、1990年末から1991年初頭にかけては出産のため、『美味しんぼ』の栗田ゆう子を除く当時の持ち役を全て降板。『美味しんぼ』の終了後、1992年には一度引退することとなった。その際、夫や業界関係者には「様子を見て時期が来たら復帰したい」と意思表示をしていたという。しかし不定期に活動を続行し、『美味しんぼ』のテレビスペシャル、ゲーム『QUOVADIS 2〜惑星強襲オヴァン・レイ〜』、難波主演のOVA作品、難波主催の劇団による舞台演劇などに出演。特に演劇は、年に1度は参加していたという。
その後、「子どもの成長」、「当時の関係者からの復帰依頼」、「ファンの要望」などを理由に、1990年代後半頃より本格的に復帰。復帰後の初レギュラーは、1997年の『夢のクレヨン王国』における武烈女王役となった。
現在はケッケコーポレーションの取締役であると同時に、2010年からは松濤アクターズギムナジウムの声優部門・主任講師となった。声優業からは完全に引退し、新人声優の育成にも携わっている。
引退後は表舞台に登場していなかったが、2024年には『美味しんぼ』で共演した井上和彦の50周年記念公演のアフタートーク(8月23日分)にスペシャルゲストとして特別出演した[6]。
『キテレツ大百科』のみよ子役には、荘の後任として本多知恵子が選ばれているが、この引継ぎは「違和感の無いスムーズな交代」の例としてよく挙がるものの1つである。アニメ版『キテレツ大百科』の大ファンを自負していた原作者・藤子・F・不二雄も、「全く気付かなかった」と発言している。
また日清チキンラーメンのCMにおいては、姉妹として登場する外国人少女の吹き替えを、荘が姉役・本多が妹役という形で担当したこともある(実年齢は本多の方が2歳年上)。
荘の休業に伴い、役を引き継いだ人物は以下の通り。
後任 | 役名 | 概要作品 | 代役・後任の初担当作品 |
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渡辺菜生子 | チチ | 『ドラゴンボールZ』 | 『ドラゴンボールZ 超サイヤ人だ孫悟空』[注 1] |
本多知恵子 | 野々花みよ子 | 『キテレツ大百科』 | 1991年4月28日放送回 |
潘恵子 | らーめんてんし | 『それいけ!アンパンマン』 | |
富沢美智恵 | 芹沢未来 | 『スーパーリアル麻雀PIII』 | 移植版 |
沢村真希 | クム | 『機動戦士Ζガンダム』 | 『機動戦士ΖガンダムII A New Translation -恋人たち-』 |
木村亜希子 | マジョルカ | 『おジャ魔女どれみ』 | Blu-ray BOX 初回生産限定特典ドラマCD「小悪魔なおんぷはいかが?」 |
太字はメインキャラクター。