赤牛の書

赤牛の書 (あかうしのしょ) あるいはレヴォル・ナ・フドゥレ(アイルランド語: Lebor na hUidre)は12世紀初頭までに成立したと考えられる、アイルランドの写本。聖俗両分野の文学作品を豊富に収めた文学全書としての性質を備える。そのおよそ半分が失われ、67葉のみが現存している[1]褐牛の書灰褐色の牛の書などとも。

この書はエオハド・ウア・ケーリーン (Eochaid ua Cerfn)と彼の同時代人であるモナスターボイスのフラン英語版により、「エオハド・ウア・フラナガーン英語版に属する書物、モナスターボイスの書物、アーマーの宝物庫から今は失われてしまった黄色本、モナスターボイスから学生によって海外に持ち去られて紛失した短本」が集められて作られた写本集成であることが編纂の辞に記されている。

筆写を担当したのは3人の筆写生であり、そのうちマイル・ムイレ英語版ともう一名の筆写生の手によって一たび完成した。マイル・ムイレは1106年に死亡しているため、この初期の筆写作業は12世紀初頭までに完了していたと考えられている[1]。12世紀の後半には3人目の筆写生「H」による加筆・修正が加わっている。

「赤牛」という名は、6世紀の人物である聖キアラン英語版が『クアルンゲの牛捕り』を書き止めるため、自身の赤牛を屠殺して準備した羊皮紙からこの書を作成したとする、実際の編纂時期とは噛み合わない時代錯誤な伝説に基づく。

この写本と12世紀の『レンスターの書英語版』の二冊は初期アイルランド文学の二大全書とも呼ぶべき立ち位置を占める。

所収作品

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参考文献

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  1. ^ a b 平島直一郎「中世アイルランドの言語と文学〈中〉 初期アイルランド文学とその社会」『月刊言語 2004年2月号』、大修館書店、2004年。 

外部リンク

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