あみまち 阿見町 | |||||
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国 | 日本 | ||||
地方 | 関東地方 | ||||
都道府県 | 茨城県 | ||||
郡 | 稲敷郡 | ||||
市町村コード | 08443-3 | ||||
法人番号 | 3000020084433 | ||||
面積 |
71.40km2 | ||||
総人口 |
50,226人 [編集] (推計人口、2024年12月1日) | ||||
人口密度 | 703人/km2 | ||||
隣接自治体 | 土浦市、牛久市、稲敷市、稲敷郡美浦村 | ||||
町の木 | サクラ | ||||
町の花 | キク | ||||
他のシンボル |
ウグイス(鳥) あみっぺ(キャラクター) | ||||
阿見町役場 | |||||
町長 | 千葉繁 | ||||
所在地 |
〒300-0392 茨城県稲敷郡阿見町中央一丁目1番1号 北緯36度01分51秒 東経140度12分53秒 / 北緯36.03081度 東経140.21483度座標: 北緯36度01分51秒 東経140度12分53秒 / 北緯36.03081度 東経140.21483度 | ||||
外部リンク | 公式ウェブサイト | ||||
特記事項 | 人口密度 734.0人/km2 | ||||
ウィキプロジェクト |
阿見町(あみまち)は、茨城県の県南地域に位置する町である。稲敷郡に属している。茨城県の町の中で最も人口が多い。
霞ヶ浦に面する一部を除くと、畑作が中心の農村地帯で未開地も多かったが、1921年(大正10年)に海軍が霞ヶ浦飛行場を開設し、翌年上郷に霞ヶ浦海軍航空隊が開隊すると、海軍航空の地として賑わうことになる。1929年(昭和4年)に飛行船・ツェッペリン伯号が寄港し、1931年(昭和6年)にはリンドバーグ夫妻が阿見の地を訪れたりもした。1939年(昭和14年)には、神奈川県横須賀市から少年航空兵養成機関である予科練が土浦海軍航空隊に移転し、軍歌「若鷲の歌」で知られるように、海軍航空兵育成の一大拠点となる。これら軍事施設が集中していたことから、1944年(昭和19年)から1945年(昭和20年)にかけて空襲を受け、特に1945年6月10日の空襲では予科練習生や関係者など軍民合せて300人以上が死亡した。
戦後は旧海軍用地の多くが引揚者によって開拓され、また一部が霞ヶ浦農科大学や土浦協同病院分院・協和発酵・井関農機などに充当された。更に自衛隊の設置にともない、旧予科練一帯が土浦駐屯地・旧朝日村に近い一帯が霞ヶ浦駐屯地として再度防衛用地となる。また、1957年(昭和32年)8月1日、旧海軍航空補給廠跡地に防衛庁技術研究所土浦試験場が発足した(2015年10月現在は防衛装備庁航空装備研究所土浦支所)。
1955年(昭和30年)4月、(旧)阿見町・朝日村・君原村・舟島村(一部)の1町3村が合併し、現在の阿見町の町域が成立した。1970年代以降は首都圏や筑波研究学園都市への通勤者のための住宅開発が進むと共に、工業団地の造成や工場誘致が進んだ。また霞ヶ浦農科大学の後身・茨城大学農学部に加えて茨城県立医療大学が開学するなど学生の町としての性格をも持っている。主要幹線道路沿いにロードサイド店舗の開業も進み、2009年(平成21年)7月9日には首都圏中央連絡自動車道阿見東IC付近にあみプレミアム・アウトレットが開店している。
2006年(平成18年)に、東隣の稲敷郡美浦村との合併・市制施行(仮称「霞南市」(かなんし))が検討されていたが、美浦村の住民投票により反対となった為、白紙になった。
2023年(令和5年)11月1日、町は同日付の人口が速報値で5万人を突破したと発表した。今後は2025年の国勢調査を経て2026年度中の市制施行を目指すとし[1]、市制施行に向けて専門部署設置の検討を含めた準備を進めるとしている。
阿見町町域の変遷(年表) | ||
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年 | 月日 | 現阿見町町域に関連する行政区域変遷 |
1889年(明治22年) | 4月1日 | 町村制施行に伴い、以下の村がそれぞれ発足[2]。 |
1896年(明治29年) | 4月1日 | 信太郡が河内郡と合併し稲敷郡が発足。 |
1945年(昭和20年) | 5月7日 | 阿見村が町制施行し阿見町となる。 |
1955年(昭和30年) | 4月1日 |
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4月20日 | 舟島村は阿見町に編入。 | |
1957年(昭和32年) | 旧:朝日村の一部(福田の一部)が牛久町に編入。 | |
1958年(昭和33年) | 旧:朝日村の一部(福田の一部)が牛久町に編入。 | |
1981年(昭和56年) | 3月1日 | 阿見住吉の一部(常磐線より西側の地域)を土浦市に譲渡。 |
阿見町町域の変遷表(※細かな境界の変遷は省略) | ||||||||
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明治元年 以前 |
明治元年 - 明治22年 | 明治22年 4月1日 |
明治22年 - 昭和64年 | 平成元年 - 現在 | 現在 | |||
信太郡 | 阿見村 | 阿見村 | 明治29年4月1日 稲敷郡発足 |
昭和20年5月7日 町制 |
昭和30年4月1日 阿見町 |
阿見町 | 阿見町 | |
若栗村 | ||||||||
大室町 | ||||||||
廻戸村 | ||||||||
青宿町 | ||||||||
明治15年 鈴木村 | ||||||||
大形村 | 君原村 | 君原村 | ||||||
君島村 | ||||||||
石川村 | ||||||||
追原村 | ||||||||
塙村 | ||||||||
上条村 | ||||||||
飯倉村 | ||||||||
福田村 | 朝日村 | 朝日村 | ||||||
小池村 | ||||||||
上長村 | ||||||||
実穀村 | ||||||||
吉原村 | ||||||||
荒川本郷村 | ||||||||
沖村の一部 | 明治元年 荒川沖村の一部 | |||||||
島津村 | 舟島村 の一部 |
舟島村の一部 | 昭和30年4月20日 阿見町に編入 | |||||
竹来村 | ||||||||
掛馬村 |
阿見町と全国の年齢別人口分布(2005年) | 阿見町の年齢・男女別人口分布(2005年) | |||||||||||||||||||||||||||||||||
■紫色 ― 阿見町
■緑色 ― 日本全国 |
■青色 ― 男性
■赤色 ― 女性 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
阿見町(に相当する地域)の人口の推移
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総務省統計局 国勢調査より |
町の西部をJR常磐線が通っているが、駅はない。土浦市の荒川沖駅と土浦駅、牛久市のひたち野うしく駅が最寄り駅である。
戦前は、国鉄土浦駅から阿見(現在の阿見坂下付近)まで常南電気鉄道が通じた時期もあった。
町内各地と鉄道駅(土浦駅、荒川沖駅)を結ぶ路線バスが運行されている。