クロスビー、スティルス&ナッシュは1990年代を通じて大規模なツアーを行い、それまでの数十年間を合わせたのとほぼ同数の公演を行った[5][6]。前作以来、スティーヴン・スティルスとグラハム・ナッシュのソロ・アルバムはリリースされていなかったが、デヴィッド・クロスビーは成人した息子のジェイムズ・レイモンドを見つけ、2人はジェフ・ピーヴァーとバンドを結成し、1998年にアルバム『CPR』をリリースした。しかし、バンドとアトランティック・レコードとの関係は、『アフター・ザ・ストーム』のプッシュがなかったこともあるが、1970年代の全盛期には数百万ドルを稼ぎ出していたアトランティック・レコードが、今ではバンドにほとんど興味を示していないという認識から、悪化していた[7]。彼らは1997年にアトランティックとの契約を解消し、レコード契約を結ばずに手弁当でCSNの曲をレコーディングし始めた[8][9]。バッファロー・スプリングフィールドのレトロスペクティブ・ボックスセットの編集にスティルスと取り組んだニール・ヤングは、このCSNのセッションに興味を持った[9]。ヤングは制作途中のトラックで演奏しながら、自身のアルバム用に録音した3曲、「Looking Forward」、「Slowpoke」、「Out of Control」を持ち込んだ[10]。クロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤングのニュー・アルバムの可能性は、ヤングのレーベルであるリプリーズ・レコードの注目を集め、完成したアルバムは正式にリリースされた。
「Faith in Me」と「No Tears Left」は、レコーディングの初期にロサンゼルスのGa Ga's Roomで録音された。「Stand and Be Counted」、「Seen Enough」、「Dream for Him」、「Sanibel」はハリウッドのコンウェイ・レコーディング・スタジオで録音された。「Heartland」はカリフォルニア州バーバンクのオーシャン・スタジオで録音された。アルバムの残りの部分は、カリフォルニア州ウッドサイドにあるニール・ヤングの施設、レッドウッド・デジタルで録音された。
^Four Way Street The Crosby, Stills, Nash & Young Reader. Da Capo Press 2004, ISBN0-306-81277-0, p. 313. Article by Bill DeYoung, originally in Goldmine June 19, 1998.
^Zimmer, Dave. Crosby, Stills & Nash The Biography. Da Capo Press 2000, ISBN0-306-80974-5, p. 287.
^ abFour Way Street Reader, op. cit., p. 328. Article by Gary Graff, originally in Guitar World February 2000.