マガフ (Magach 、ヘブライ語 :מג"ח)は、イスラエル国防軍 (IDF)の第2.5世代主力戦車 。アメリカ 製のM48パットン およびM60パットン をベースに、同軍独自の改良が施されている。
1960 -70年代 にかけて、イスラエル は西ドイツ およびアメリカ から150両ほどのM48 を購入し、1967年 の第三次中東戦争 において使用した。さらに、この戦いでヨルダン から数十両のM48A1を鹵獲 した。これらのM48は、初期型でほぼオリジナルと同じ仕様だったが、休戦後にいくつかの改修作業が行われた。主砲 を元の90mm砲 から西側 標準のイギリス 製L7 105mm戦車砲 に換装し、引火性の高いガソリンエンジン はディーゼルエンジン に交換された。背が高く使い勝手の悪かったオリジナルのM1 キューポラ は、応急的にM4 シャーマン の防弾窓 付きキューポラに換装された(後にウルダン社製キューポラに換装)が、元のキューポラそのままの車両でも、機銃 は外付けに変更される例が多かった。
1973年 の第四次中東戦争 までにはすでに約800両のマガフ3が配備されており、さらに数両のM60(マガフ6 )が追加されていたが、同戦争にて被弾した多くのM48/M60 が砲塔 駆動装置の作動油に引火して炎上する欠点により失われ、穴埋めとして1970年代にM48A5 (マガフ5 )とM60、M60A1が追加導入された。1980年 以降は、主力戦車 の座を国産戦車 メルカバ に譲ったものの、多くの部隊 で引き続き使用され、メルカバやショット と同様に射撃能力と防御力に主眼を置いた改修が繰り返された。レバノン内戦 では対戦車ミサイル 対策としてブレイザー ERA を装備、さらに複合装甲 やメルカバ型の履帯 を装備した型も登場した(マガフ7 、マガフ6B GAL BATASH )。
2000年 頃には約1,500両が現役であったが、その大半はM60またはM60A1を基にしたマガフ6B GAL/7A/7Cであった。M48を基にしたマガフ3/5は、ショットやチラン4/5 に比べて地雷 に対する防御力が弱い事などから、ナグマホン やアチザリット のような装甲兵員輸送車 に改修して車体を再利用する試みなども行われていなかったが、2014年 頃に、一部車両が後述のペレフ (Pereh)に改造され、第一線に復帰していることがわかった。
ヨム・キプール戦争時、シナイ半島 で破壊され炎上したM60A1
公式には「Magach」は「Merkevet Giborey Chayil(ヘブライ語 で「戦争英雄の戦車」)」の略とされているが、他に俗説として、同軍最初のM48 が西ドイツ 経由で輸入されたためにヘブライ語で「4」「G(Germany)」「8」を示す文字を繋いだ物、同様に「M48A3 」の略語、「M48A3」の文字が「MAgAch」に似ているため、その他諸説がある。
なお、IDF 兵士 の間では、「Magach」は「Movil Gviyot Charukhot(ヘブライ語で「焼死体運搬車」)」の略だとするジョーク が言われている。これは前述のように、ヨム・キプール戦争(第四次中東戦争 )において被弾したM48/M60 が炎上するケースが多かったためと言われている。
マガフは、大別してM48 を基にしたマガフ3/5と、M60、M60A1/A3 を基にしたマガフ6/7に大別される。
マガフ共通の特徴として、12.7mm M2重機関銃 の内蔵や防弾窓 の装備により車高が高くなったオリジナルのM1 キューポラ から、車高を抑えて被発見率を低下させる目的で背の低いウルダン社製キューポラに換装されている事が挙げられる(このウルダン社製キューポラは、アメリカ 本国のM48A5 やM103 にも採用されている)。元々IDF ではキューポラの防弾窓やペリスコープ を使わずに肉眼 (アイボール・センサー)による周囲確認が徹底教育されており、ウルダン社製キューポラにもハッチをわずかに持ち上げて車長 の頭部を保護したまま周囲を目視できる機構が組み込まれている。なお、同キューポラ導入以前に、応急的にM4 シャーマン の防弾窓付きキューポラを装備した車両も見られた。
さらに、メルカバ やショット 同様の近年のIDF戦車 共通の装備として、主砲 防盾上部のサーチライト 用マウント に遠隔操作 式の12.7mm M2重機関銃を同軸 装備して近距離砲撃 訓練や非装甲・軽装甲 目標への攻撃手段とし、また、対歩兵 戦闘 用に車長用キューポラと装填手 用ハッチ左側にそれぞれ1挺ずつの7.62mm機関銃(ブローニングM1919 かFN MAG )を搭載し、砲塔 右側面に60mm迫撃砲 が搭載され、砲塔両側面に発煙弾発射機 を装着するなどしている。
主砲をオリジナルの90mm砲 からL7 105mm砲に換装したマガフ3
M48A1/A2C/A3 の改修型。主砲 をイギリス 製L7 105mm戦車砲 に、動力系をコンチネンタル AVDS-1790-2A ディーゼルエンジン とアリソン CD-850-6変速機に換装し、ウルダン社製キューポラ を装備している。後にブレイザー ERA を追加した車両もある。
前面に地雷 除去装置を装備したマガフ5。車体にブレイザー ERAを装着するためのボルトが突き出ている
M48A5 、もしくは既存のマガフ3からの改修型。マガフ3とほぼ同じだが、動力系がAVDS-1790-2D エンジン とCD-850-6A変速機 に変更されている。
ペレフ (Pereh)
マガフ5をベースにした、スパイク-NLOS運用車両、ペレフ
2014年 頃に存在が確認された。マガフ5の改造車両で、砲塔 後半部に12発のスパイク-NLOS 対戦車ミサイル 発射機を搭載した車両。砲塔後半の上部にはスパイクの誘導用アンテナ 類が畳まれた状態で収納され、使用時には展開される。砲塔前半部にはダミーの砲身が装備され、くさび形のERA あるいは複合装甲 ブロックが装着されており、ドイツ連邦軍 のレオパルト2A5/A6 のようなシルエットとなっている。車体前半はERAブロックで防護され、サイドスカート・スモークディスチャージャー ・メルカバ タイプのキャタピラ など、後述のマガフ7やマガフ6B GAL BATASHなどに相当するようなアップデートが施されている様である。一見するとマガフ7などからの改造車両のようにも見えるが、車体の前縁部が円弧状であることから、M48 系の車体であることが判る。
M60/A1/A3 の改修型で、マガフ系列では最も派生形の種類が多い。全タイプ共通で、ウルダン社製キューポラ とブレイザー ERA を装備。更に主砲 砲身 への放熱用サーマルジャケット装着、砲塔 後部バスケットの大型化、砲塔側面への発煙弾発射機 の追加装備、などの改修が各タイプに対し逐次行われた。亀甲型砲塔のM60は、後にマガフ7に改修された。
マガフ6(Magach6)
ほぼオリジナル状態のM60。1973年 の第四次中東戦争 で使用された。後にマガフ6R、6Mに改修され、更にマガフ7に発展。
マガフ6R(Magach6 Reish)
1970年代 後半にマガフ6から改修。M60のエンジン をより出力の大きなAVDS-1790-2AGに換装した型。ブレイザー ERA装着、砲塔後部バスケットの大型化、60mm迫撃砲 および機銃 の追加装備、発煙弾発射機の追加装備、砲塔旋廻モーター強化、砲身スタビライザー 更新、などの改修が行われた。
マガフ6R*(Magach6 Reish Kochav)
1980年代 前半にマガフ6Rから改修。マガフ6RのFCS をナハル・オズ(Nachal-oz)に更新したもの。
亀甲型砲塔のM60にナハル・オズ FCSを搭載したマガフ6M
マガフ6M(Magach6 Mem)
1980年代前半にマガフ6R/R*から改修。マガフ6Rにナハル・オズ FCSを搭載し、主砲砲身への放熱用サーマルジャケット装着、砲塔風向センサー 追加の改修を行ったタイプ。この改修と同時期頃から、メルカバ 型のキャタピラ に換装する改修が行われているが、全車両では無い。後に、マガフ6Mを元にマガフ7への改修が行われた。
マガフ6M Tadach(Magach6 Mem Tadach)
マガフ6Mに米国 製M9 ドーザーブレードを装着したバージョン。28両のマガフ6Mがこの改修を受けた。
マガフ6A(Magach6 Alef)
ほぼオリジナル状態のM60A1。1973年 の第四次中東戦争 で使用された。後に全て6Bに改修された。
M60A1の車体と砲塔にブレイザー ERAを装着したマガフ6B
マガフ6B(Magach6 Bet)
1970年代後半にマガフ6Aから改修。M60A1RISE (アメリカ軍 のA3相当改修型)同様に、エンジンをAVDS-1790-2Cに換装。これに加えて、ブレイザー ERA装着、60mm迫撃砲および機銃の追加装備、発煙弾発射機の追加装備、砲塔旋廻モーター強化、砲身スタビライザー更新、などの改修が行われた。マガフ6からマガフ6Rへの改修とほぼ同様の内容である。
マガフ6B ガル(Magach6 Bet Gal)
1980年代前半にマガフ6Bから改修。マガフ6BのFCSをガル(Gal)に変更し、主砲砲身への放熱用サーマルジャケット装着、砲塔風向センサー追加、砲塔後部バスケットの大型化、の改修を行ったタイプ。FCSの種類が異なる他は、マガフ6Rからマガフ6Mへの改修とほぼ同様の内容である。また、この改修と同時期頃から、メルカバ型のキャタピラに換装する改修が行われているが、全車両では無い。
マガフ6B ガル・バタシュ(Magach6 Bet Gal Batash)
1990年代 前後半にマガフ6B ガルから改修。6BガルにERAに代わって、マガフ7同様の「第4世代型」増加装甲 を追加しており、エンジンもマガフ7Cと同じAVDS-1790-5Aに換装され、出力が750hpから900hpに増大している。砲塔の前面と側面に大きく張り出した楔形装甲が特徴。サイドスカートも追加装着されている(前側の4枚ずつは中空装甲)。マガフ系列で最後の改修型で改造数は少なく、しばしば「マガフ7D」あるいは「マガフ8」と呼ばれている事がある。
マガフ6B バズ(Magach6 Bet Baz)
マガフ6BのFCSを、メルカバ Mk 3B と同型のバズに変更したもの。プロトタイプ に近く、改造数は少ない。
マガフ6C(Magach6 Gimel)
ほぼオリジナル状態のM60A3。導入後、マガフ6Bと同等の改修が行われた(ブレイザー ERA 装着など)が、電子機器 などがM60A1と異なる点が多かったためか、マガフ6B ガル相当の改修(FCS更新、砲塔後部バスケット変更)は行われていない。1982年 のガリラヤの平和作戦に投入され、その後は改修を受けず予備役 扱いとなった。オリジナルのM60A3のサーマルスリーブ(砲身被筒)がそのままになっている事などが識別点となる。
車体と砲塔に複合装甲を追加し、キャタピラ部分を覆うサイドスカートを装備したマガフ7C
1982年 のレバノン侵攻 におけるシリア軍 戦車 との交戦で、ブレイザー ERA は戦車の主砲 から発射される徹甲弾 に対してはほとんど無力であることが判明し、さらに、近年の対戦車ミサイル やRPG-7 、RPG-29 などのタンデム弾頭 化によりHEAT弾 に対する有効性も大きく低下したため、更なる防御力強化の必要から開発された。マガフ6R/6Mの車体前部と砲塔 の増加装甲 をERAから「第4世代型」増加複合装甲に換装。
改修のベースになった砲塔は全てM60 の亀甲型砲塔で、M60A1 およびM60A3 の砲塔は形状が異なるため使用されていない。車体左右にもサイドスカート(前側の2枚ずつは中空装甲)を追加した。キャタピラ も従来のM60系で用いられたゴム の滑り止め付きダブルピン方式からメルカバ と同型の総鋼鉄 製シングルピン方式に変更された。砲塔の増加装甲の改修によりA/Cの2タイプが存在する(Bは試作のみ)。
なお、マガフ7系列のFCS については、マガフ6Mのナハル・オズのままであるとする資料と、メルカバ Mk 2 やショット・カルD と同型のマタドールに換装されたとする資料が混在している。
マガフ7A(Magach7 Alef)
砲塔の複合装甲が垂直に近い形状をしている。このため、戦闘 時の戦車長 の前方視界がかなり悪かった。また、重量が増加したのに対してエンジン の強化を行っておらず、パワー不足気味であった。当初、このタイプは単に「マガフ7」と呼ばれていたが、後述のマガフ7C(Magach7 Gimel)に改修された後に、区別するためにマガフ7A(Magach7 Alef)と呼ばれるようになった。なお、全てのマガフ7がマガフ7C仕様に統一されたわけではなく、マガフ7A仕様のまま運用が続けられている車両も存在する。
マガフ7B(Magach7 Bet)
試作車両 。砲塔前面部の複合装甲はマガフ7Cに近い形状をしている。マガフ7Aの装甲形状だけを改良したタイプで、その後すぐに後述のマガフ7C仕様に改修されたものと思われる。
マガフ7C(Magach7 Gimel)
重量増加に対応するためにエンジン をAVDS-1790-5Aに換装し、出力が750pから900hpに増大。砲塔前面の複合装甲が楔形になり、戦車長の視界が改善された。亀甲型砲塔のM60 ベースのマガフ系列の車両としては、マガフ7Cが最後の量産改修型となる。
マガフ7D(Magach7 Dalet)
マガフ6B ガル・バタシュの別名。IDF では正式には使用されていない名称である。
輸出用改修パッケージ。M60A1ないしA3をベースにマガフ7C / マガフ6B ガル・バタシュ相当の第4世代複合増加装甲を装着しメルカバ Mk.3 と同じ120mm滑腔砲 を搭載した車両。トルコの要求に基づき改修されたサブラ Mk.IIがトルコ陸軍 に「M60T 」として採用された。
M48 およびM60 には、戦車 型以外の種々の派生型が存在する。ここでは特にIDF で使用されている物について記す。
Magach Tagash(M60A1 AVLB Armored Vehicle Launched Bridge)
マガフ6の車体に折りたたみ式の橋を搭載した架橋戦車 。アメリカ軍 などで使用されているM60A1 AVLB と基本的に同型だが、マガフと同様にキャタピラ がメルカバ 型になり、合わせて起動輪も改造されている。
Magach Tagash Tsemed この車両は架橋を一つしか搭載していない状態である
Magach Tagash Tsemed(M60A1 AVLB 2 separate birdge type)
Magach Tagashに搭載されている橋は、戦車の2倍程度の長さの橋を二つ折りにした物であるが、Magach Tagash Tsemedには戦車と同じ程度の長さの小型の橋が2個、搭載されている。Tsemedとはヘブライ語 で"2組"(Pair)の意。
Magach Tagash Akrav
Magach Tagashの車体をベースに伸縮式のアームを装着し、アームの先に監視用の小屋を装着した特殊車両。IDFがガザ地区 およびヨルダン川西岸地区 に建設した分離壁の反対側を視察するために使用されている様である。監視小屋には12.7mm M2重機関銃 と対RPG 用のスラットアーマー が設置されている。"Akrav"は、ヘブライ語で"サソリ "(scorpion)の意。
Magach "mur"
MagachかTagashの車体片側に巨大な鉄板の壁型構造物を取り付けた、破壊され穴の空いた分離壁を急遽塞ぐための特殊車輌。
M88A1 Tachlatz Chiluz
M88A1 Tachlatz Chiluz ドッグハウス、スラットアーマー 装備車両。
M48の車体を基にした装甲回収車 。アメリカ軍などで仕様されているM88A1と基本的に同じ仕様であるが、履帯はM60タイプの物が使用されている。また、車体後部両側面に独自形状の雑具箱が追加されている。
近年になって、ガザ地区やレバノン 南部地域で活動する車両に対して改修が行われており、キューポラ 上に密閉式の戦闘室"ドッグハウス"が装着され、更に車体および戦闘室周囲にスラットアーマー を装着された状態となっている。
"Tachlatz"は、IDFでのM88A1の愛称であり、"Chiluz"とはヘブライ語で"回収"(Recovery)を意味する語である。
IDF ARMOR SERIES No.1 MAGACH 6B GAL M60A1 IN IDF SERVICE PART 1 , by Michael Mass , Desert Eagle Publishing , ISBN 0-9788844-1-8 ,
IDF ARMOR SERIES No.4 MAGACH 6B GAL AND GAL BATASH M60A1 IN IDF SERVICE PART 2 , by Michael Mass , Desert Eagle Publishing , ISBN 978-965-91635-0-2 ,
IDF ARMOURED VEHICLES , by Soeren Suenkler & Marsh Gelbart , Tankograd Publishing , ISBN 3-936519-03-X ,
MAGACH TANKS OF THE IDF Volume 1 - Magach 1 & 2 , By Dr.Robert Manasherob , SabIngaMartin Publications , ISBN 978-0-9841437-9-5 ,
MAGACH TANKS OF THE IDF Volume 2 - Magach 2 and 3 Tanks of the Six-Day War , By Dr.Robert Manasherob , SabIngaMartin Publications , ISBN 978-0-9916235-3-2 ,
月刊PANZER臨時増刊 ウォーマシン・レポート 13 第四次中東戦争 , アルゴノート社
月刊PANZER臨時増刊 ウォーマシン・レポート 18 メルカバとイスラエルMBT 増補改訂版 , アルゴノート社
月刊PANZER臨時増刊 ウォーマシン・レポート 35 イスラエル陸軍 のAFV 1948~2014 , アルゴノート社
月刊PANZER臨時増刊 ウォーマシン・レポート 36 イスラエル-アラブ戦争 独立戦争からレバノン紛争まで , アルゴノート社
ISRAEL'S FRONT LINE ARMOR IN THE 21st CENTURY, IDF ARMOR SERIES - No.1, Ofer Zidon, Wizard Publications, ISBN 978-9659075713
Train Hard - Fight Easy, IDF ARMOR SERIES - No.2, Ofer Zidon & Nissim Tzukduian, Wizard Publications, ISBN 978-9659075720
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